彼は、とても一途で頑固で素直な人だ。彼女が出来れば一切連絡が来なくなる。しかし、その彼女と別れると前触れもなく突然連絡がやってくる。だから私は、小まめに彼と連絡を取らなくても手に取るように彼の恋模様が分かる。なんと分かりやすく、迷惑な男だと、つくづく思う。
 そんな男に、生きてきた年月の約半分も片思いをしている救いようの無い女が私である。

 「また振られたんでしょ。学習しなよね。」

 彼の部屋で、美味しくもないレモンフレーバーの缶チューハイを片手にうなだれてる彼に追い打ちをかける。これは一種の儀式のようなものである。傷心している彼の心を抉るように塩を塗込む。
 弱っている時が一番チャンスだとテレビで見てから、これは何度目のチャンスなんだろうか。チャンスをモノに出来た事は一度もない。なぜなら、彼は異常な程鈍感なのだ。大体の場合がそれが原因で彼女に逃げられてしまう。イメージと違った、そう言われるそうだ。なんて見る目がないんだろう。振った女たちも。宍戸も。

 「宍戸くんはもっと尽くしてくれると思った、だとよ。」
 「今回もキスも出来ずに別れたんでしょ。」
 「う、うるせーよ。」

 小さなテーブルにうなだれながら私の話を聞く宍戸。それからモゴモゴと一人で愚痴を垂らしながら、ちびちびとハイボールを飲んでいる。それも美味しくない、と文句をいいながら。なんて男らしくない姿を晒しているんだろう。
 私はテニスに打ち込んでいる宍戸の姿より、それ意外の余計な事に一喜一憂している宍戸を見ている方がずっと楽しいし好きだ。だから、毎回懲りずにいじめてしまう。本当に馬鹿な女。

 「そういう所、もっと女の子にみせたらさ、ちゃんと理解してくれるよ。」

 はあ?と、ため息ついでに眉をしかめて私を凝視する。そういう所。意地っ張りで、格好つけてる所ばかりじゃなくて、弱って女々しく愚痴をこぼしちゃう、普通っぽい所だよ。そう心の中で呟いてから1つの事に気づいてしまった。宍戸は私の事を異性だと意識していない。だから弱みを見せるのだ。そうか、期待するだけ無駄なのか。なんでこの数年間気づかなかったのだろう。本当に阿呆な女。
 (もう駄目だあ。限界。)
 宍戸のつむじを眺めながら叶わない彼との恋に想いを馳せていた私であったが、なんだかやるせなくなってしまい、缶チューハイを手に持ったまま宍戸と同じようにテーブルに顔を突っ伏した。
 左側から「水いるか?」と、私を気遣う声が聞こえる。凄く近くに感じる宍戸の声は心地よかった。「平気。酔ってない。」と素っ気なく返せば、ああ、とも、おう、とも判別のつかない返事が返ってくる。
 ふいに左側に顔を向けてみると、鼻先数センチにある眠そうな宍戸の一重の目と視線が重なった。
 横幅1m・奥行き50cm程のテーブルに、2人でテーブルを挟んでうなだれているのだ。必然的に寄り添うような形になってしまう事ぐらい冷静な時の私たちだったら気づいただろう。きっとアルコールが2人の判断能力を鈍らせているに違いない。

 「俺の部屋で寝るなよ。」
 「んー、眠いよー。」

 まるで"にらめっこ"をするかのように、私たちはお互いに視線を外そうとはしなかった。
 数秒感、私たちは見つめ合っていた。
 頭の中が真っ白なまま体を少し起こして、宍戸に近づく。
 それから彼の唇に優しくキスをした。

 耳まで真っ赤になった宍戸を眺めながら、好きだと伝える間もなく深いまどろみの中へ溶けていった。



君に初恋を、僕にファーストキスを、
[君に僕の初恋を捧げよう。だから、僕に君のファーストキスを下さい。]