(title by alkalism) #01 入園するまであれ程怖い顔をして行くのを嫌がっていた彼は、帰りの電車に揺られながら寝息をたてて私の肩にもたれ掛かっている。 男子たるもの浮かれた場所にいくものじゃあない、と虚勢を発していた180センチもある強面な真田くんは、いざ夢の国に入ってしまえば、あっという間にあの世界観の虜になってしまい小学生の男の子のようにはしゃいで楽しんでいた。今日は、私が真田くんを振り回そうと思っていたのに、その計画は早い段階で崩れ去る事にはなった。でも、それは嬉しい誤算だったとしみじみと思う。 素直じゃない彼が目を覚ませば、意地を張ってもう二度と行かないなんて言うに決まってる。それでも彼は、きっと私が一緒に行きたいと言えば着いて来てくれるだろうし、二度と”あんな浮かれた場所”なんて言って否定したりはしないだろう。素直にハッキリと言葉にはしないが、楽しかった事だけは認める彼の真面目さが本当に愛らしい。 窓の外を眺めながら、今の時間は夜の花火ショーをやっている時間なんだろうなあっと思いながら、ゆっくりと流れて行く家々の光を見送った。 「、また行こうな。」 知らぬ間に、私が真田くんの肩を借りて寝ていた事に気づいた時だった。真田くんは、私が予想していなかった言葉を言った為にまだ夢の中に居るんだと勘違いしたままもう一度眠りに落ちた。 #02 私は、真田くんの話しに出て来るテニスのチームメイトの事を良く知らない。勿論、中学時代からの良き友人であり部活仲間である事は知っている。しかし、彼らがどんな容姿なのかとか、どんな人なのかという細かい事を知る術は無い。その頃まだ一方的に真田くんの事が好きだった私は、その話しに良く登場する”幸村”さんに嫉妬をしていた。 「真田くんって幸村さんの事が好きなの? 」 ”幸村”さんはガーデニングや読書が趣味で、物腰が柔らかくて、それでいて真田くんが良く心配している相手だ。絶対に女の子だと勘違いしていた私は、てっきり自分のライバルだと思い、意を決して本人に聞いてみたのだった。 そんな事を聞かれるであろうとは思わず普通に食事をしていた真田くんは、飲みかけのお茶を吹き出しそうになりながら目を白黒とさせていた。それから、彼は眉間に皺を寄せて気持ちを落ち着かせてから話し始めた。 「な、何を勘違いしてる!幸村は男だ。」 私の誤解は難なく解けたが、それでもやっぱり嫉妬していた。女の子であろうが、男の子であろうが、真田くんがそんなに気にするような人が居る事が悔しかった。私が知らない真田くんの数年間を彼らは真田くんと過ごしているし、真田くんにとってその数年間はとても大切な思い出となっている。 思い出を共有できず、どこにも入る隙が無い事が悔しかったのだ。 もやもやと考える私を他所に、お腹を空かせた学生達で賑わう学生食堂の中で彼は、一度箸を置いてから緊張した面持ちで話しを続けた。 「俺が好きなのは、だ。」 睨んでいるのかな、と勘違いする位真っすぐと私の眼を捉える彼の鋭い視線に気を取られていて、最初は何を言っているのか良く分からなかった。私の隣に座っている名前も学年も知らない女子学生達や真田くんの後ろ側に座っている銀髪の男子学生が笑いながらこちらを見ていた事に気づいてから、真田くんが突然私に告白をして来た事を理解した。 「次の講義におくれるぞ。」 「え、いや、その前に色々話したりない」 黙々と箸を進める真田くんと、12時55分を指す時計を交互に見ながらうろたえる私。それを他所に、真田くんはどんどん口に食べ物を運んでは飲み込んでを繰り返している。ーー今思えば、あれは照れ隠しだったと良く分かる。 私は、急いで鞄を手にして、真田くんがもう一度注意し始めるまえに学食を飛び出した。息を切らせながら講義室に飛び込んでから、そういえば真田くんもこの講義を履修していた事を思い出して、お腹の底から笑いが込み上げてきて静かな講義室で声を出して笑いそうになった。 きっと真田くんは怒るだろうけど、彼の分の出席カードも出しておいてあげよう。 #03 月曜日の帰り道、電車を降りた後で真田くんが怒った。手をつけられない位、彼は怒っていた。 原因は、私にあるのは彼が怒った瞬間にすぐに分かった。 「真田くん。」 「さっさと帰らんか。」 駅のホームで真田くんの機嫌は一気に悪くなった。私が電車に乗ろうとしてマフラーを解いたときだった。私は1日中意固地にマフラーを解かなかったのに、うっかり気を抜いてしまって解いてしまったのだった。 土曜日に、実家にお姉ちゃん夫婦とその子供が遊びにきていた。小学生になったばかりのやんちゃな男の子をおんぶして遊んでいた時、痛い! と声を上げたのは私だった。じゃれているつもりだったのだろうが、彼はあろう事か私の首に噛み付いていたのであった。 「吸血鬼! お姉ちゃんの血は頂いた! 」 ジタバタと背中で暴れる彼は凄く楽しそうだった為、その時は彼が楽しそうならそれで良いと思い特に戒める事はしなかった。 その日の夜、洗面所で鏡の前に立った時私は愕然とした。小さな歯形がくっきりと残っていた。日曜日には治るだろうと思っていたその跡は、歯形の形が薄れ小さな赤い丸へと進化していたのだった。 「弁解もしてくれないのか? 」 何をどう説明すれば本当の事だと信じてくれるのだろう、と話しをする前から考えていた私に寂しそうに呟いたのは彼だった。 土曜日の出来事を伝えなければとオロオロと説明しようとする私だったが、あまりにも真田くんが寂しそうな表情をするものだから言葉が詰まってしまい挙げ句の果てに黙り込んで俯いてしまった。 真田くんが私の前から立ち去る気配を感じたが顔を上げる事が出来ずに、ぼろぼろと泣いた。下を俯いていたというのに、涙は垂直に地面に落ちる事なく頬を伝って首もとへと流れ込んで行くのを感じた。マフラーを解いた首もとが酷く寒い。 帰り際に真田くんと映画を見に行こうと誘おうと思って取っておいた映画のチケットが財布に残っているのを思い出して、余計に悲しくなった。 #04 「すまなかった。」 そういって真田くんは私にシフォンケーキを差し出した。紙でできた箱を開くと、一切れのチョコシフォンがそこに入っていた。 それは先日学校の近くにオープンしたばかりのケーキ屋さんの看板ケーキだった。実際看板ケーキなのは、紅茶のシフォンケーキなのだが。きっと私が食べたいと言った事を覚えてくれて、真田くんがわざわざ買いに行ってくれたのだろう。 ケーキ屋さんが似合わない彼が、私の為にと買いに行ってくれた事がとてもうれしくて、本当は紅茶のシフォンケーキが食べたかったとは言わなかった。 「食べていい? 」 「構わないが、今食べ始めたら次の講義に間に合わなくなる。」 「今日位サボっちゃだめかな? 」 押し黙ってしまった彼、それから私の目をみる。きっと、そんなのは駄目に決まってるって言いたいに違いない。それでも真田くんは声に出しては言わない。彼は私に甘いのだ。こうしてケーキを買って来てしまう事が明らかな証拠だ。 もう一度念を押すように、「今すぐ食べたい。」と伝えると、大きくため息をついてから「勝手にしろ。俺は知らんからな。」と言って手にしていた鞄を机の上に置いて私の正面に座った。午後の講義が始まってしまったため、学生食堂はさっきより少しガランとしている。 おいしい、と言えば本を読んでいる彼は照れたように笑う。一口分けてあげれば、甘すぎると不平を漏らすが、シフォンケーキを飲み込んだ後に悪くはないと続ける。もぐもぐと食べる彼を眺めながら、やっぱり真田くんとケーキの組み合わせは合わないなあ、とフォークの先にある小さく切り取ったシフォンケーキを口へと運びながら考える。 「食べながら笑うのは行儀が悪いぞ。」 本から視線を外して私をたしなめる。だって、と口答えすれば、口に物を入れたまま喋るのは行儀が悪いぞ。と同じような事を言う。 私は少しむっとしながら、彼の口の中にシフォンケーキを放り込んだ。すると静かになった真田くんは、眼鏡のレンズの向こうから私を睨めつけた。そんな表情にもむっとしながら、真田くんが本を読む時に必ず着用している眼鏡を奪い取る。 「だめだよ、食べながら喋っちゃ。」 真田くんもむっとしたような表情で、大きな手で私が反応するよりも先に、眼鏡を持つ方の手首を掴んで私から眼鏡を奪い取って行った。少し勝ち誇ったような顔でもう一度眼鏡をかけ直す仕草を見ながら、掴まれた手首が痛い事を主張する。 いつも眉間に皺が寄っている真田くんの表情が、心配した表情に一変してわなわなと謝る。じゃあ、帰りに紅茶のシフォンケーキを買ってとせがむと、彼は一刀両断に「そんなのばかり食べてると太るぞ。」と言い放った。ケーキ屋さんでちょっと恥ずかしい思いでもしたのだろうか。真田くんは心底嫌そうな顔で訴えた。 #01-2 いざ、遊園地を後にして帰りの電車に乗った時だった、あんなに最初は嫌だったはずなのに結局、全力で楽しんでしまった事が少し恥ずかしくて、うとうとしているフリをしながらの話しを軽く流していた。すると、も疲れているのか徐々に口数が減っていく。 が寝息をたて始めた。薄目をあけて足下に置かれたファンシーな大袋を眺める。カラフルな袋に包まれたお土産を電車を降りた後に、また持って移動しなければならない事を思い出して少し憂鬱になる。そうだ、もう家に帰らなければならないと、今までその事を忘れていたかのように思い出す。夢から現実に引き戻された俺は名残惜しい気分に浸っていた。 きっと遊園地にと二人で行った事や、こんなファンシーな袋を俺が持っている所を幸村達に見られないように電車を降りたら少し警戒する必要がありそうだと、考えながら再びうとうととする。あと数駅で彼女を起こし、家まで送り届けなければならない為、寝る訳にはいかないと心の中で自分に激昂しているつもりでも瞼は重たくこれ以上上に上がろうとはしなかった。 もごもごと言葉にならない寝言を時々言うの寝顔を覗き込む。時折彼女は俺の名前を呼ぶ。その度に彼女に告白した日の事を思い出す。何度思い出しても恥ずかしさが込み上げて来るが、が驚いて顔を真っ赤にしていたのを思い出すと少しだけ元気がでる。最近はそんなの表情を見ていない気がした。それよりもずっと、泣かせたり怒らせている事が多いし、それ以上に彼女の前では俺の方が顔がゆるみきってしまっている。少し情けなく感じる共にこれが幸せなのかもしれない、と柄でもないが改めて思う。 あともう少しで眠りに落ちてしまうという所で、聞き慣れた駅名がアナウンスされた。 「、またいこうな。」 彼女は一度目を見開いた後、にっこりと笑ってまた目を瞑った。寝ぼけているのか、俺が初めて彼女の名前を呼んだ事に気づいていないようだった。 降りなくちゃ行けない駅まであと3分。 心地よいリズムで揺れる電車に耐えないと、そのまま終点駅まで行ってしまう気がした。そしたらきっと、今日はもう家に帰らずにどこかに泊る事になってしまう。それもまた、良いのかもしれないと思いながら俺はファンシーな袋を掴み上げての名前を呼びながら肩を揺らした。 |